歴史的街並の活性化

 今回訪れたヨーロッパの街は、10世紀以降からの歴史を今に残した街並が印象的であった。 単なる花の街並づくりだけにとどまらず、歴史的建造物と自然の保全が併せて推進されている点が大きな特徴といえる。 花、 歴史的建造物、水(湖、運河等)、緑の美しさがとても印象に残ったアヌシー(フランス)とブルージュ(ベルギー)を例にとって、 歴史的建造物の保存、歴史的街並の活性化について述べてみたい。


 アヌシー(ANNECY)

 アヌシー(フランス)は12世紀からアヌシー城を中心に栄えてきた城下町である。 フランス最大の自然湖であるアヌシー湖とそれにつながるチューと呼ばれる運河を持つ、山と湖のリゾート都市である。 アルプスのおひざ元でスキー産業が近くに集中しており、日本の白馬村と姉妹都市となっている街でもある。 運河に面した旧市街のたたずまいはフランスのベニスとも称されているが、 花を巧みに配した美しく清潔感あふれる街並づくりは、この街独特のレベルの高いものであ る。 中世特有の狭い石畳の道の両側に、そそり立つように3~5階建の住宅が建ち並ぶ。 石積みの壁とうろこ状の瓦をのせた急勾配の屋根は、中世の中部ヨーロッパの特徴を現代に伝えてくれている。

<アヌシー/アルプスと街並と運河>

 旧市街は全域が歩行者天国となり、石畳の道を踏みしめながらの散策が楽しめる。 建物を飾る主役は、窓辺を埋めつくす花<アイビーゼラニウム>である。 アイビー(蔦) 系の花は、 窓台から下に向かって垂れ下がるように伸び、 ボリューム感あふれる一群の花となって咲き誇る。 道の両側に建物が並ぶというよりは、建物の間、あるいは建物の中を小道が縫うように走っているような街並では、 このようなスペースを必要としない「緑花」がこの街の先人たちの知恵であろう。 決して捨て去ってはならない歴史ある街並に見事に調和し、生命を吹き込んでいるかのようである。 ただ、建物内部については現代風にリフレッシュされているようで、 チラリ垣間見えるインテリアはとてもモダンなつくりであり、住宅内部を見る機会が得られなかったのは残念であった。

<アヌシー/街並と運河>

 街の中心を流れる運河は花に対して、この街そのものを飾る主役といえる。 運河としてのハード面の機能こそ今は捨て去っているが、 水そのものの持つ安らぎ、清々しさといったソフト面の価値は現代においては貴重な財産である。 この街はこの運河を積極的に保存することに加えて、 水辺に並べられた1000鉢を越えるプランターにより、その価値を十二分に活かし街の華やかさを演出している。 通り毎にかけられた石造の橋の上では、訪れた日にちょうど市がたち、街のにぎわいの中心となっていた。 夜ともなれば運河沿いの至る所に設置されたカンテラに灯がともり、 石積みの建物とマッチしてとてもロマンチックな雰囲気を醸し出す。 ジュネーブから二~三時間程で訪れることができる地であり、 JTBのハネムーンツアーも私が行った年から試験的にスタートしたそうであるが、 素敵な街として大いに人気を呼びそうである。

 街全体の規模から見れば、旧市街は人口5万人の大きな都市のごく一部でしかないが、 運河~公園~アヌシー湖とつながる花と緑のオアシスは、 街の人々の生活の潤いに欠かすことのできない存在として大きな役割を果たしているのが実感できた。 残すべき歴史と文化的遺産、そして広大な山と湖の自然に恵まれていることの大切さをよく認識し、 その良さを充分活かした街並づくりである。 日本にありがちな、安易な開発による画一的、無個性的な街とは全く無縁の 「街のアイデンティティ」を感じさせるものとして強く印象に残った。街並づくりの大切な基本を再認識させられた。


 ブルージュ(BRUGES)

<ブルージュ/街並と運河>

 ブルージュ(ベルギー)はヨーロッパ大陸の北端に位置する人口12万人の商業の街である。 12世紀にはダイヤモンドの交易や羊毛工業などでパリ、ロンドンをしのぐ繁栄を誇った歴史を持つ。 街の廻りは運河に囲まれ、その外周は緑地となっている。 建物はレンガ積みの外壁、急勾配の屋根が特徴で、 妻壁の階段状のシルエットがタウンハウススタイルの街並のアクセントとなっている。 緯度が高いせいか、花よりは緑の保全に重点を移した街並づくりとなっているようだ。

<ブルージュ/僧院跡の公園>

 街の中心部には石畳のマルクト広場とそれを囲むゴシック建築の建物が歴史を感じさせるが、 街並づくりの特徴はむしろ市街地に点在する小公園にある。 中世の名残で、街中には約30個所の僧院が残っているが、 これらの僧院を市が積極的に買い上げて、街の緑化の拠点として活かしている。 今は使われなくなった僧院を解体し、跡地を公園として市民に提供するのである。 その結果、緑地、花壇、公共公園を街中至る所に見かけることができる。 僧院跡以外にも個人の大邸宅の庭や駅の跡地等も市が管理し、市民の憩いの場として開放し活用している。 これらの街並は、マルクト広場の鐘楼(高さ88M)から一望することができる。 石とレンガで、ともすれば冷たく固苦しいイメージを与えがちな面もある中世の街並であるが、 緑が点在する目に優しい光景が見渡せる。

 街中の雰囲気を損なわないように、看板、ネオン等の規制を行い、 建物そのものに対しても中世の伝統ある形を残す指導を行っているそうだが、 使命の終わった建造物を市民のための潤いのスペースに再生し、 そのことで街並と市民生活にゆとりを生み出す手法もまた、 歴史的街並の活性化、自然の保護の達成の一つの知恵である。 特にこの街は中世からの街には珍しく道路幅のゆったりとした余裕の感じられる街並であり、 そこになおかつオープンスペースを設けることで、 この街独特の「街のゆとり、豊かさ」を強く印象づけられる。 やはり、自らの街の歴史をよく知った上で、 他ではマネすることのできないこの街ならではの緑化作戦を打ち出している姿勢が、 レベルの高い街並づくりを実現できている原動力であると感じた。


 まとめ

 歴史的街並の活性化とは、言葉を変えれば、それぞれの「街のルーツ」を大切にした、 「街のアイデンティティ」を明確にした街並づくりということができる。 それも単に古いものを残せば済むという姿勢ではなく、歴史の重みがお荷物にならず、 住み手に好感を持って受け入れられる工夫が大切である。 この二つの街並づくりの成功は、残すべきものと再生すべきものとを英知を持って峻別し、 それぞれの街独自の工夫で歴史的遺産により、 市民生活に不可欠なアメニティを生み出すことができた点にあると感じさせられた。


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