ヨーロッパの「アメニティ」づくりの背景

 最後に、日本の街並づくりに活かしていくべき点をまとめ、雑文の区切りとしたい。 今回の花の街並見て歩きで強く心を打たれたのは、最初に訪れたイボアールで見た、 行政とそこに住まう人々が協力して、花でいっぱいの街並を「つくり上げている」姿であった。 この運命共同体ともいえる地域の絆こそが、 まさに「活き活きとした」街、 「居心地の良い」街の源泉であると感じた。
 「花の街並づくり」とは、芸術作品を作り出すような一時的なものではなく、 協力と継続を必要とする行為である。そのためには人々のコミュニケーションが不可欠であり、 また心のゆとりなくしては、決して成功しない運動である。 多大のエネルギーを必要とすることではあるが、環境づくりを個人の家レベルから、 地域レベルにまで拡げて考え、行動することによって、住民全員の街並づくりへの参加意識も高まり、 その結果ハイレベルの「アメニティ」をつくり上げていた。

 その他の街でも規模が大きくなるにつれ、住民の直接参加の姿はやや薄くなるものの、 行政を中心に、人間的な暖かみのある街並づくりが至る所で行われていた。 花の街並づくり運動が、ヨーロッパに発生してから僅か31年で、 今日の発展を遂げているとは信じられない思いであった。
 元々は第二次世界大戦後の混乱から抜け出して、新たな国土建設の目標として発生した運動であるが、 既に一部の街では第二段階ともいうべきステップに入っていた。 今回の公式訪問都市で接した市長のコメントを紹介する。

  • 花を咲かせる段階は終わっている。もう花を咲かせていてあたりまえという意識である。 今は花の中にどのように建物をマッチさせるかということが関心事である。 (フランス:ボルムレミモザ)
  • 造園は一つの芸術である。庭園づくりは市民生活に入り込み、創造の域に至っている。 市としては、現在第二期目の工場地帯の環境改善をテーマに、計画緑化を推進している。 (フランス:マコン)

 このように飛躍的に花の街並づくりが発展したのはなぜであろうか。 フランスにおいては、その理由は主に以下の四点にあると感じた。

1.花の街並づくりに対する明確な目標がある

フランスにおける「花の街並づくりのコンクール」及び「四つ花」制度は、 人々に自らの街並づくりについて考えさせる機会を与え、 景観に対する意識を向上させる強い動機付けとなっている。 コンクールは国際エントリーの街を選出する全国レベルのコンテストを含めて、 各県レベル、各市町レベルと三段階で開催され、 個人の住宅と地域の二部門で美しい環境づくりが表彰される。 コンクールの実績が常に優秀な街には「四つ花」の格付けがなされるのである。 「四つ花」は花の街並づくりの最高の目標であり、獲得した街と住民の大きな誇りとなっている。

2.行政側が積極的に花の街並づくりに取組んでいる

フランスでは、行政の大活躍が花の街並づくりを引っ張っている。 人口 58万人の街でも88,220人といった大規模な緑化専従部員を擁し、 市予算の15%~25%も使い、花と緑の育成、保全にあたっている。(アヌシー、クレテイユ)
公共の花壇、公園の花と緑のメンテナンス体制は万全といえる。 個人に対しても花の容器(プランター)の斡旋や、時には通りに面した木や花の手入れまで、 街が行っている。(マコン)
また、どの街にもチーフ造園デザイナーがいて、花と街並のコーディネートに心を配り、 計画的でレベルの高い街並設計がなされていた。

3.住民側にも花の街並づくりに取組む条件が揃っている

多くの人が器用さとゆとりの時間(週37時間労働)を持ち、 国民性として自らすすんで庭をつくり、花を飾る。自分で家まで建ててしまう人もいるほどだ。 そして花づくりのための庭園ショップも充実しており、道路沿いにズラリと並ぶ。 また、行政側の造園デザイナーも、住民の環境づくりに知恵と手を貸している。

4.花を飾ることで、とても素晴らしい街並となる

あたりまえのことであるが、結果が素晴らしいと、ヤル気も出るものである。 ベースとなる街並そのものがとてもシンプルであり、花を飾ることにより驚くほど綺麗な街に変身する。 電柱、電線、看板、ネオンの類がおさえられ、道路信号までも小さいポールに竪型にすっきりと納められている。 目障りな障害物のない街並だ。
また建物自体にも階数、形、色等の規制をかけ、その結果、石積みのベージュの系統だった街並に、 鮮やかな色の花のコーディネーションがとても映えている。 生活の上でも、洗濯物や寝具を屋外に干さないよう協力を求め、綺麗な街並を維持している。 湿度が低くて、バスルームで洗濯物が乾くという気候も手伝っているのだろう。

<ジュネーブ/花と緑に包まれた住宅>

 以上を背景として、今日の花の街並が実現し、定着している。このような環境で、 街角にテーブルを出してゆったりと寛ぐ光景がどこの街でも見かけられる。 夕方明るい内から家族と食卓を囲み、二時間程かけてゆっくりと食事と会話を楽しむ国民性である。 生活を楽しむ「心のゆとり」が、これらの街並づくりを推進している原動力であろう。 経済成長に価値観を見出し、高い成果を上げている日本と比べ、一概に是非は問えないが、 フランス、ベルギーに見る人間らしさの発露はとても大切なものと思えた。


 日本の街の「アメニティ」づくり

 日本では、近年の都市化の波と地価高騰によるミニ開発、乱開発のツケが、 住環境や道路整備の歪みとなって至る所に現れてきている。 このような中で、良好な環境を得たいと願う人々の希望は、個々の家では実現できても、 街並全体のコーディネートの担い手がいないため、 結果的にチグハグで見苦しい景観となっているのが、多くの街の現状である。

 行政側は土地利用の枠組を定めるだけで手一杯で、 街並づくりの旗手としてのリーダーシップを期待するのは権限上も技術的にも困難な状態である。 またフランスのような大規模な緑化部署をつくり、 多くの予算を割り当てる政策が今の日本の街作りに受け入れられるかについては、 否定的といわざるを得ない。 手前味噌になるが、日本においては「アメニティ」づくりの突破口として、 現実の街並設計に直接携わっているディベロッパー、ハウジングメーカーの責任は大きいといえる。 環境価値を高めてエコロジカルな街並を実現することがその責務であるといえよう。

 このような状況の中で、ヨーロッパの花の街並づくりを眼のあたりにし、 その考え方や技術の面で実現したいと感じた点は次の二項目である。

1.居住者の参加を促す街並づくり

「アメニティ」と呼べる環境は設計者の一方的な提案で出来上がるものではなく、 居住者の理解と行動によって初めてつくり上げられる。 この考え方は日本の街並づくりにおいても重要な価値を持つものであり、 街並づくりのポイントとして認識し、行動する必要がある。
 主張ある街並を提案し、趣旨を理解してもらうだけでなく、大切なのは環境をまとめ上げ、 良好に維持するための居住者のコミュニケーションづくりにまで踏み込んだ街並づくりを推進することである。

 コミュニケーションを図るためには、様々な方法が考えられる。 フランスにあるような街並づくりコンクールの和製版ができれば、 居住者共通の良い目標になるであろうし、ディベロッパーレベルでも、 団地規模で住まいのコンテスト等を継続し呼びかけることで、 居住者の街並環境維持に対する意識の高揚とコミュニケーションを促進する機会をつくることが可能である。 現実的な仮説として、 「良好な街並をつくりあげることで、 土地と家の資産価値を高めることができる。 だから皆で花を飾り美しくしましょう。」という誘導の仕方も立地によっては有効かもしれない。 アプローチの仕方を工夫することで、居住者の街並づくりに対する意識を高め、 行動を引き出し、地域の連帯感を高めることが、今後の重要な課題である。 そしてそのような行動が、居住者が誇りを持つ、活き活きした、居心地の良い、 「アメニティ」の実現につながっていくと信じている。

2.花と緑を活用した街並づくり

今回の視察のメインテーマである「花」についての様々な技術、ノウハウもまた、 日本に大いに取り入れたい項目である。 イボアール、アヌシー、シャティヨン、といった中央フランスの街で体験した、 花の鮮やかさ、心を踊らせてくれる感動は強烈なものであった。 花や木は基本的には日本にあるものと同じである。 建物こそ違うものの、自然の美しさは必ず日本の街にも合うはずである。 ヨーロッパでも僅か30年余りの歴史である。古来からの庭園、生け花という伝統もあり、 日本ならではのハイレベルのものを今からでも築き上げることが可能かもしれない。 旅行で見て感心したポイントは以下の通りである。


◆窓辺を花で飾る処理が非常にうまい。 アイビー系のボリューム感あふれる花使いを中心に花の色、葉の色をうまく取り合わせている。

窓辺の花
アイビーゼラニウム(赤、ピンク) フクシヤ
アゲラータム(青、紫) フジ
インパチェンス ベゴニヤ
カンプシス(花のないつる植物) マリーゴールド(黄)
サルビア ロベリヤ(青)
ゼラニウム etc.


◆花壇の表現が多彩。花と緑(高木、灌木、芝生)をうまくアレンジして引き立てている。 特に木の下の日影になる所でも強いインパチェンスが、 ピンク、赤、白と同一の種類でも色を混ぜて密植され、とても綺麗であった。 花のみでなく葉の色も使った、幾何学的な模様の植え込みも見事であった。 マコンで見た花壇は芸術品であった。 (日本でいえば、東京ディズニーランドのミッキーマウスの植え込み)

花壇の花
アジサイ バラ
インパチェンス(特にお薦め!) フクシヤ
カンナ ペチニヤ
クリサンスマム マーガレット
クレオメ(ピンク) マリーゴールド
シロタエギク リーガルベゴニヤ
ダリア etc.


◆プランターのデザインが、自然の素材を中心に使って、花にマッチしている。 道路脇の丸太をくり抜いたようなデザインのプランター、 橋の欄干に取りついた木製のプランター、窓辺に取りついた丸い銅製のプランター等、 シックにデザインされたものが花と組み合わされていた。 人工的な安っぽさを感じさせるものは見られず、細かな気配りが感じられた。 日本に良く見られる白いプラスチック製のプランターは、興ざめである。

◆花の水やりをコンピューターにより自動プログラム化し、メンテナンスの手間を省いている(マコン)。 小さなプランターの一つ一つに水道管が引かれていて、びっくりさせられた。 日本でも、自動プログラムとまではいかなくても、 庭や街路のプランターに集中給水するぐらいのことは出来そうである。

◆造園デザイナーが市の専門家として配置されていて、建物と花と木の調和のとれた総合設計を行っている。 日本では建築設計と造園設計に専門分野が分かれており、調和のとれた連携が不充分。 建物や街並の設計者は、花や木の専門知識はほとんどの人が乏しく、 逆に造園の専門家は、建築物の設計に注文をつけることは少ない。 日本でもこれからは、互いの分野にもっと首を突っ込んでカバーしあっていかなければならない。

 これらの花に関する知恵と街並づくりに対する考え方を、 仕事でも関係の深い街並設計に少しずつでも取り入れを図っていきたい。
 日本でも「国際花と緑の博覧会」が開催されたり、近年のガーデニングブームで、 人々に花の美しさの意識付けは浸透してきている。 自然を大切にするエコロジーの考え方も強く叫ばれてきている中で、 花と緑を生活環境の中に定着させる土壌づくりは急速に整ってきていると考えられる。
 行政側の意識も変化し、美しい環境づくりをめざして旗振りに立ち上がることを期待しつつ、 それまでは我々が一人一人が仕掛け人となって、花と緑の良好な街並づくりを提案し、 そしていつの日か「アメニティ」に満ちあふれた日本をめざしたい。

-おわりに-

 以上、思いつくままに二週間の旅行の印象を述べてみた。 全く予備知識のない白紙の状態で飛び出した旅行だったが、 ヨーロッパの街並と風土、生活ぶりに接して貴重な体験をした。 特に本場の花の街並に触れて、その素晴らしさを多くの人に伝えたいと考え、 その点については少々強調して書いたつもりである。 この雑文が多少なりとも街並づくりへの関心を呼び起こすきっかけになれば幸いである。

 自分自身の反省としては、環境設計に関して不勉強な面を同行メンバーとのやりとりの中で痛感させられた点も多く、 仕事の上では今後は住まい(個)から街並(全体)へ視野を拡げた設計活動を心掛けていきたいと考えている。
 また、職場や家庭といった自分の身の廻りでの花づくりの実践も行っていきたいと考えている。 これはこの二週間での最大の変化といえるかもしれない。

-1990年11月30日-


-ふりかえり(1998年1月21日)-

 上の文章を書いてから早7年が経過し、振り返ってみると家のガーデニングは家族まかせ、 環境設計の不勉強は相変わらずと何ら成長してない自分に気付いて愕然とします。 文章にもバブルの流れを引きずった個所もあって時代の流れを感じますが、 ホームページ改定を機にもう一度原点に立ち返ってみようと思い直しています。